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ネットワーキング事業部の森です。私は入社以来30年以上ネットワークの仕事に携わってきました。本日は入社当時、最初に担当した業務の話をしたいと思います。
私は日立に入社した最初の仕事は電話機の設計でした。私は先輩と一緒に交換機に接続された電話機の試験を行いました。 その中に特番試験というのがありました。特番とは"1"で始まる110番、119番などの緊急電話に代表される特別な3桁の電話番号です。 私は試験手順に従って110番をダイヤルして試験的な警察署側にいた先輩と通話で話をしました。 さて、次の試験に進もうと受話器を一度おいて他の番号にダイヤルしようとしましたが音が聞こえません。 私は先輩に「電話が使えません!これは問題ですね。」と連絡しました。そこで先輩はこんなことを話してくれました。
ーそれは正しい動作なんだよ。110番や119番の通話では警察署・消防署側の操作で回線を一時的に保留する、つまり通報した人は電話も切れないし、他に発信もできない状態にすることができる。それは慌てた通報者が他の人に電話してしまって、警察・消防から再度連絡できなくなるのを防止するためだ。
私はなるほど、と思いました。通報者の心理に寄り添って安全に最善を尽くすという素晴らしい機能だと納得しました。
当時の電話機は普通の押しボタン式ではなくダイヤルを回すタイプでした。
今ではアンティークショップでしか見かけなくなりました。この電話機は、バッテリーは勿論のこと電源ケーブルもついていませんでした。 それは交換局から局線を通じて電気をもらって動作していたからです。それは停電時でも使えるように、というか逆に停電時のような非常時こそが電話が本領を発揮すべき時だからという考え方に基づくものでした。
携帯電話が普及した現代においては緊急時を想定したこれらの機能はあまり顧みられなくなってきたような気がします。それに加えて固定電話網が新しいIP網に切り替えられる時期が近づいています。 当時のネットワークを作ってきた人たちのこうした思いは消え去ってしまうのでしょうか。
いいえ、決してそうではありません。私はその理由が110番、119番という番号に記されていると考えています。
その秘密を理解するにはダイヤル式の電話機の時代に戻る必要があります。このタイプの電話機はダイヤルが回っている間、断続的な電気パルス信号が交換局に送られます。ダイヤル1〜9が電気パルスの数1〜9個に、そしてダイヤル0が電気パルスの数10個に対応します。ダイヤル1はすぐに回って止まりますが、ダイヤル0はほぼ一周分、時間をかけてゆっくり回ります。ダイヤル9もそれと同じくらいゆっくりです。
この番号を決めた人のそのときの気持ちになり代わって書いてみます。
「警察や消防に電話をしてくる人たちはみな一様に焦っているはずだ。だからできるだけ早くダイヤルできる番号にしてあげなければ。でも、通話が始まって気が動転して話ができなくても困る。できる限り落ち着いてもらいたい・・・そうだ!」
こうして110番、119番が決まったのだと思います。つまり、
1(急いで!) → 1(急いで!) → 0(でも少しは落ち着いて!)
通報者に最後に深呼吸する時間を与えているのです。実に人間味にあふれた設計だと思いませんか?
現代のプッシュボタン式の電話ではどんな番号を選んでもこうした差はありません。しかし、当時ネットワークを作った人のそれを使っていただく人たちを思いやる気持ちはこの番号の中に記号として深く刻み込まれているのだと私は信じています。 現代を生きて新しいネットワークを作っていく私たちもその気持ちを大切に受け継いでいかなければならないと思います。 どんなに通信技術やネットワークの形は変わろうとも、ネットワークを使っていただく人の気持ち、その方々を思いやる我々の気持ちは何世紀たとうとも変わらないからです。
2022年7月
株式会社 日立情報通信エンジニアリング
ネットワーキング事業部 シニアアドバイザ 森 隆
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