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第38回月にウラオモテなし −後編:月の面(オモテ)

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こんにちは、いつも当コラム、ならびにブログサイトをご覧いただき、ありがとうございます。
前回は、地球から直接見ることのできない月の裏側と、そこを通信でつなぐ技術について取り上げました。
今回は、いつも私たちの方を向いている月の「表側」に目を向けてみたいと思います。

日本ならではの三月見

中秋の名月以外にも、月見の行事があることをご存知ですか。
日本では、9月の十五夜に加えて、10月の十三夜、11月の十日夜にも月を眺める風習があります。
十五夜は「中秋の名月」、十三夜は「後の月(のちのつき)」とも呼ばれています。
一方、十日夜はそのまま「十日夜(とおかんや)」と呼ばれることが一般的で、収穫への感謝を捧げる意味もあります。
この三つの月をすべて眺めることができると、幸運につながるともいわれているようです。

月は、ただ空に浮かぶ天体というだけではありません。昔から人は、月を眺めながら酒を酌み交わしたり、歌を詠んだりしてきました。
月を見ることは、季節を感じるとともに自分自身の心を見つめる時間でもあったのかもしれません。

月夜に乾杯!

月を眺めて酒や詩とともに楽しむのも古くから続く月見の形です。
そして現代では、月見酒をともにする相手が、人ではなく生成AIになることもあるようです。
ここで、生成AIと月見酒を題材にした、当社のブログ記事をご紹介します。

■今回のピックアップ・ブログ

この記事では、李白の漢詩をモチーフとして、生成AIとの対話を交えながら月見酒を楽しむ様子が紹介されています。
漢詩の情景を再現しようと、執筆者が一人で中国の山に登り、月見酒を楽しんだ経験も記されています。
本来は独りで眺める月も、生成AIとの会話が加わることで、誰かと一緒に楽しんでいるような時間に変わっていきます。
生成AIとのやり取りに不思議な親しみや相手らしさを感じるところも、この記事の面白さではないでしょうか。

付喪神ではない生成AI

日本では古くから、長い年月を経た道具や器物には、精霊や魂が宿るという「付喪神(つくもがみ)」が語られてきました。
もちろん、生成AIは付喪神ではありません。
それでも私たちは、自然な言葉を返してくる生成AIに対して、あたかも意思や感情を持つ相手であるかのように感じてしまうことがあります。

人には、身の回りの物や自然現象などを擬人化して捉える傾向があります。
会話を重ねるうちに生成AIへの親しみが生まれるのもそのような人間の性質が関係しているのかもしれません。

しかし、生成AIが親しげに応答していても、生成AIそのものに意思や感情、倫理観があるわけではありません。
文脈を基に、次に続く可能性の高い言葉を組み合わせて、回答を生成しています。
大切なことは、生成AIが私たちを理解しているように見えるとき、そこには私たち自身の期待や思いも映りこんでいるということです。

心地よい答えの裏側

生成AIは便利な相手ですが、自分にとって心地よい答えだけを求め続けることには、注意が必要です。
利用者の好みに近い意見が繰り返されることで、自分の考えが正しいという思いが強まり、異なる視点に触れにくくなる可能性もあります。
SNSなどで起こるエコチェンバーのようなリスクが個人でも起こりうるということです。
生成AIとの対話が心地よいからこそ、ときには画面から離れ、自分自身の考えを確かめる時間も必要です。

自然の中に身を置き、夜空を見上げる。静かに月を眺めて、自分の感性を取り戻す。
そんな時間が、現代におけるデジタルデトックスやマインドフルネスにつながるのかもしれません。

月は心を映す鏡

考えてみれば、古くから私たちは、月にも自分の思いや感情を映してきました。

平安時代には、空に浮かぶ月を直接見上げるだけでなく、水面や池に映った月を観賞することもあったようです。
水に映る月は、風が吹けば揺らぎ、波が立つと形を変えます。しかし、空にある月そのものが変わったわけではありません。
返ってきた言葉に励まされたり、納得したり、ときには違和感を覚えたりする。そのとき私たちは、その回答だけではなくその回答に映った自分自身の考えや気持ちを見ているといえます。

月は、地球にむけている面がほぼ同じであっても、日々満ち欠けを繰り返します。
明るく輝く部分があれば、同時に見えない陰の部分も抱えている、不思議な天体です。

だからこそ月は、世の中のはかなさや人の心を投影する存在として、長く歌に詠まれてきたのではないでしょうか。
花鳥風月という言葉があるように、自然を眺め、そこに何かを感じる感性は、遠い昔から私たちの中に受け継がれているように思います。

月にウラオモテはあっても、私たちが月に映す思いに、はっきりとした表と裏はないのかもしれません。
最後に月を詠んだ歌を紹介します。

見る人に 物のあはれを しらすれば
月やこの世の 鏡ならなむ
                   崇徳院

2026年10月
株式会社 日立情報通信エンジニアリング
経営戦略本部 ブランド・コミュニケーション部
阿部 哲也

※編集・執筆当時の記事のため、現在の情報と異なる場合があります。編集・執筆の時期については、記事末尾をご覧ください。